东大の宝第3回
东京大学経済学部资料室には、日銀の貨幣博物館に次ぐ価値を有すると目される东洋古貨幣コレクションがあります。
その総数は约1.2万枚。マニア垂涎の货币はもちろん、学术的な価値が高いものも多いのが特徴です。
24年にわたって资料室を担当してきた先生が推すお宝とは?
歴史的にも学术的にも価値が高い古货币コレクション
小岛浩之
KOJIMA Hiroyuki
経済学研究科讲师
経済学部资料室室长代理

「経済学部资料室の淵源は、ドイツ人教師ジークフリート?ベルリネルの提案を機に1913年に発足した、东京帝国大学法科大学の商業資料文庫に遡ります。企業資料で日本経済の実証的研究を促すという趣旨でした。次第に官庁や経済団体の刊行物も集めるようになり、1939年に経済学部资料室と改称されました」と語るのは、2000年から室を担当してきた小岛浩之先生。企業資料を収蔵する室の宝となるコレクションの成立には、学究肌の実業家の存在がありました。
「タカジアスターゼで知られる高峰譲吉の弟で、塩酸や硫酸で高いシェアを夸った藤井化学の経営者、藤井栄叁郎です。篤志家として多くの学会に贡献する一方で、当代有数の货币蒐集家でもありました」
関东大震災で工場が甚大な被害を受けたものの、自宅の貨幣コレクションは幸い難を逃れます。学術のためにも大学にあったほうがよいと考えた彼は、慶應義塾大学の研究者に打診。そのつてで受け入れを進めたのが、东大で貨幣論を講じていた山崎覚次郎でした。1927年に寄贈されたコレクション中、最多は約6400点ある中国貨幣ですが、日本の貨幣も約2700点と多数。代表的なのは天正から万延まで発行された全6種が揃う大判です。
「幕府は时の経済状况により金の比率を调整しました。ただし金の比率が小さいものの、元禄大判など歴史的価値の高いものもあります。大判は恩赏用でしたが、小判などは多く流通させて経済を活性化させたり、インフレを引き缔めるために流通を抑えたり。货币は时代を映し出します」


见た目は地味ながら资料室一の宝として小岛先生が推すのは、室町时代の上代判金と上代方金。前者は俵形の大判としては最古で、现存するのはここだけと目される货币です。
「足利家お抱えの彫金师の一族に后藤家があります。后に徳川幕府の信を得て金座?大判座を统括し、大判6种には「后藤(花押)」の墨书があります。同様の墨书が见られる上代判金は、以后の大判の前身と考えられます」
四十四匁一分(166驳)と重さが记されているのも注目点。江戸时代の金货は両?分?朱という通货単位をもっており、重さが书かれていません。この点で、上代判金が、不定量目だった日本の货币が计数货币へ発达する前史を示していると见なす研究者もいます。
「藤井が学术での活用を期待した古货币ですが、実はその期待にはあまり沿えていません。贵金属的価値が高いため、セキュリティが高い施设でないと展示が难しく&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。一方で资料室ではデジタルアーカイブ化を早くから进め、2007年からウェブで公开しています」
1927年の寄赠から、2027年で100年。特别な収蔵品で特别な展示を実施するには絶好の顷合いが近づいています。


产业に関わる资料、特に公的保存机関がない公司资料では日本屈指の量を夸る资料室。数十万に及ぶ资料群の保存とデジタル化を日々进めています。公司资料以外では古货币のほか、新渡戸稲造が寄赠したアダム?スミス旧蔵书(约300册)、安田善次郎(2代目)が寄赠した藩札(2.5万枚)が特笔もの。

